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どこにでもありそうな家族の平凡な日常。
でも、日常こそが面白い?!
どんな時も愛をもって、ありふれた日々を綴ります。
6年目の岩手メモリアルツアーへ-浄土ヶ浜〜大槌町

三陸復興国立公園、浄土ヶ浜でその時を迎えた。

 

 

本当に美しい浜だ。

この美しい浜にも津波はやって来た。

当時、I添乗員さんはここ浄土ヶ浜のレストハウスで働いていた。

津波から逃げながら、背後から押し寄せる津波の音に振り返ることは出来なかった。

逃げながら、家族、子どもたちのことを考えた。

絶対に守らなければならない。

絶対に死ぬわけにはいかない。

それだけだった。

 

午後2時46分、6年目の黙祷。

 

 

静かな波打ち際で海かもめたちがサ〜ッと空に舞い上がった。

 

海かもめの鳴き声に情緒を感じていたのも束の間、若者女子のチーちゃんが海かもめの鳴きまねを始めた。(笑)

意外と似てて上手!(笑)

みんなからもてはやされ調子に乗って鳴き続けていたら、、、

 

チー:のど×ンコが痛くなってきた。

誰か:もー!下品なことば!

誰か:のどぼとけって言えばいいのに。

チー:え〜?のど×ンコは、のど×ンコこじゃないの?

誰か:だから、連発しなくていい!(笑)

わたし:だけどさ、のどぼとけは、ここ(男の人の出っ張ってるところ)でしょ?

チー:じゃぁ何て言えばいいのよ〜。

わたし:上品に言うとしたら、のどティンコ!

全員:のどティンコ〜〜〜!!(大爆笑)

 

バカ言ってんじゃないよ〜!(~_~;)

 

今回のメモリアルツアーでは今まで訪れた場所、出会った人たちに会いに行くという企画で、次に訪れる場所は大槌町。

大きな被害を受けた大槌川の河川敷にたった一人で菜の花を咲かせようと頑張っている文造さんに会いに行く。

 

今日は3月11日当日で、文造さんはちょうどスーパーの駐車場でイベントのお手伝いをしていた。

 

「3・11」と並べられたペットボトル灯篭に火を灯し、鎮魂と復興を祈るメッセージが集められていた。

 

 

私も火を灯す。

この後、お汁粉を振る舞って頂きました♪

 

町のあちこちが以前来た時からどんどん変わっている様子をバスの車窓から見学。

造成工事もほぼ終わりメイン道路が元に戻って、地元の人たちにとっては復興の兆しがだいぶ見えたなという感じがしている。

これからは街中に新しく家を建てたり災害公営住宅も建設中だが、まだまだ仮設から移って入居する人は少ない。

理由は色々あるが、この6年の間に移り住んだ場所に定住したり、仮設で築いた人間関係、仲良くなった隣近所さんと離れたくないとか、単純に公営住宅に移り住むと家賃が発生するなどが揚げられるそうだ。

 

堤防は倍以上の高さの堤防が作られるそうだ。

しかし住民たちの間では必要、必要じゃない、賛否両論あって、ガイドをしてくれた大槌町のお兄さん一個人としては、あんなものは要らないと思うと言っていた。

高い堤防を作ったところでまた次の津波で壊され、またそれ以上の高さを求められる。

堤防によって水の流れが妨げられ、はけ口がなくなって浸水しっぱなしの状態になってしまう。

自分としては要らない堤防だとは思っているが、実際もう作られることが決まっているので仕方がない。

 

田老の語り部さんも同じようなことを言っていたっけ。

確かに堤防は必要だろう。

しかし、要塞のように町を取り囲んでしまうことが本当に災害から人々を守ることになるのだろうか?

 

海からの風のにおいを嗅いだり、波の音を聞いたり、海の様子を目で見ることで、自然と対峙する知恵を生み、共存する術を学ぶのではなかろうか。

 

これから三陸海岸のあちこちでは海と陸の間に高い高い塀が築かれていくだろう。

東北に住まわない私たちの知らないことがまだまだ沢山あること、東北の現状を多くの人にやっぱり知ってもらいたいと、切に思う。

| ボランティア活動 | 18:00 | comments(0) | - | pookmark | 昨年の記事
6年目の岩手メモリアルツアーへ-宮古〜田老

お昼、宮古駅到着。

市内で各々昼食を摂る。

 

駅前の「蛇の目本店」へ。

震災後すぐに営業を再開し、災害復興のシンボルとして地元に元気を与えている存在のお店だそうだ。

三陸の海で獲れた旬の食材をふんだんに使った名物メニューがある。

 

私はちらし寿司を注文。

ネタがたっぷり超豪華〜!

 

ユーコさん&うーさんと一緒に♪

 

午後1時、旧田老町スーパー防潮堤の再建状況を巡る。

 

海側には新しい堤防が建設中。

 

「学ぶ防災」の語り部Sさんの案内で第一防潮堤に登る。

ちょうど防潮堤の山側にあるグラウンドで青森山田高校との招待試合が行われていて、高校球児たちの威勢の良い掛け声と声援が聞こえて来た。

 

 

4年前に訪れた時から田老の町は着実に復興の歩みを進め人々の生活も次のステップへと移りつつあることを実感した。

 

 

さっきまで晴れ間がのぞいていた空から、まるで6年前の3月11日を彷彿とさせるかのように、雪が舞い始めた。

今日のこの雪は、きっとあの日を忘れないために降る雪だ。

6年が過ぎた今でも、そしてこれから先もずっと、忘れないでと、深い悲しみの声なき声に思えた。

 

漁協の製氷貯氷施設

右の角の黄色い標が、過去の津波災害の津波の高さを示している。

一番下が昭和8年の三陸大津波。約6mの高さ。911名の命を落とした。

真ん中が明治29年の15m。1,859人が亡くなった。

そして一番上が平成の東北大震災での津波の高さ、17.3m。

 

あの高さの波が、しかもエネルギーを巻いて入ってくる。

どれほどの力だったのか。

だから、自然にはもはや敵わないということを常に頭に置いておかなければいけない。

 

学者さんや新聞などでは、色々な技術が進歩すれば逃げなくても良い方法があるはずだと言っているが、私はそうは思わない。

「逃げるが勝ち」です。

どんな災害も、いち早く逃げること、避難することが一番大事。

 

語り部Sさんは声を大にして私たちに逃げることの大切さを伝える。

 

バスの車窓から眺める景色の中にはあちらこちらに避難道路が山へ向かって伸びていた。

 

たろう観光ホテル

たろう観光ホテルは震災遺構となり昨年4月1日より一般公開が始まった。

 

6階建てのホテルは4階まで津波が押し寄せ1、2階部分は骨組みだけが残った。

外階段から歩いて最上階まで上り、津波が押し寄せてきた当時の模様を撮影したビデオを観た。

再度改めてこの映像を見て、本当にすさまじい自然の驚異に喉が詰まって涙がこぼれそうになった。

ツアーの仲間たちもこみ上げてくるものをこらえられず、すすり泣きが聞こえた。

 

4年前に訪れた時には無かった看板には、昔の観光ホテルの姿と地震と津波による被害状況の説明が書かれている。

 

高いところへ導き命を救う避難道路。

 

また雪が降ってきた。

 

語り部Sさんを囲んで全員写真。

Sさんは語り継がれなければならない使命感を持って、今の仕事に取り組んでいる。

彼女の言葉で今一度、命の大切さ、命を守る重みを教えられた。

| ボランティア活動 | 14:00 | comments(0) | - | pookmark | 昨年の記事
6年目の岩手メモリアルツアーへ-盛岡出発

昨夜、東京駅発午後11時30分の夜行バスに乗って盛岡に到着したのは午前7時。

この年で深夜のバス移動はさぞかし苦労だろうと思いきや、横三列のゆったりシートで、リクライニングはもちろん、足元にはフットレスト、毛布にスリッパも備え付けられ、通路はカーテンで仕切られて、個室のような感じで意外と快適である。

 

深夜バスを利用するのは今回が2回目。

2回とも私は右側の窓際のトイレの前の席を取った。

窓際席はカーテンで仕切られるし、トイレにも行きやすいし、何より後ろに人が居ないから思いっきりリクライニングできるからである。

もし夜行バスに乗る機会があったなら、ぜひ座席選びの参考にしてください。(笑)

 

東京駅からは、同じツアーに参加する岩手ボラ仲間のチーちゃん、フサちゃん、クッシー、池袋からオオチカちゃんと同じバスになり、盛岡で他社バスで来たカオリちゃんと合流。

その後、前乗り組、新幹線組が続々と集結して、午前9時、菜の花添乗員が待つツアーバスに乗り込んだ。

 

松岡修三似のI添乗員を中心に、震災直後から始まったボランティアツアーは、震災から6年目を迎え今回で100回を数える。

ボランティア活動の需要が年々少なくなって一昨年に東京発のボラツアーが無くなり盛岡発着のツアーとして継続。

被災地の復興が進む中でボランティアツアーも形を変えながら、先の台風被害の時にもボランティア活動を行った。

 

100回目のツアーは、今までの活動を振り返りお世話になった人たちに会いに行くメモリアルツアーだ。
盛岡から沿岸部へバスを走らせ約2時間。

今日明日二日間で、田老→宮古→大槌→遠野→唐丹(花露辺)→陸前高田と巡ってこれまでの軌跡をたどる。

 

ツアーメンバーは23名。

そのうち初参加者は2名という、残り21名は100分の数回あるいは数十回は参加している人たちで、ほとんどが顔見知り。

そして久しぶりにうーさんやユーコさんとも一緒に参加できるとあってとっても楽しみだ♪

 

まずは盛岡から宮古へ向かう。

 

 

| ボランティア活動 | 12:00 | comments(0) | - | pookmark | 昨年の記事
夜空

今夜もハー子を乗せた飛行機が我が家の上空を飛んだ。

 

19時39分

長崎へ!

 

今夜は長崎で何を食べるのかな?

ちゃんぽん?カステラ?

 

お仕事頑張って♪

 

私も今夜、夜行バスで岩手へ向かいます。

震災から6年。

今までお世話になった方々との再会を果たしに。

 

行ってきます。

| 娘たち2017 | 21:18 | comments(0) | - | pookmark | 昨年の記事
和裁教室-3枚目衿付け

2月にお休みした振替で、今日は朝から夕方まで和裁のお稽古。

3枚目の浴衣は本当に順調に進んで今日は衿付けほぼ完成。

残すところ袖付けだけとなり、次のお稽古で終わりそうな気配だ。

 

浴衣3枚も縫ったので次はぼちぼち木綿の単衣(ひとえ)に挑戦か!?

ちょうど夏久留米の単衣着物を縫っている人がいて、先生がこれからの季節にちょうど良いし縫いやすいからと勧めてくれた。

 

どうしようかなぁ〜。

まさか自分の着物まで縫えるようになるとは想像もしていなかったから戸惑ってしまう。

でも、これから友だちのお茶のお稽古に来て行けるような普段着が1着くらいあってもいいかな。

 

アッコ、ハー子、姪ちゃんと浴衣を縫ったので、次は男物の浴衣ってのも有りかな。

でもアッキー、浴衣なんて着ないよな〜。

 

なんだか考えるだけでワクワクする♪♪

 

って、まだ3枚目が完成もしていないのに。(笑)

 

 

浴衣を3枚縫ったからと言って、さぁ一人で縫えるようになったかといえば、まだまだそう簡単にはいかない。

自力でできるようになったことは、直線で縫うことと、くけ(折りぐけ、耳ぐけ、本ぐけ)ることくらい。(^^ゞ

 

1 袖のまるみ

2 衽(おくみ)付け

3 裾の額縁

4 衿肩あき

5 衿先の始末

 

先生の手を借りなければできない箇所はこんなにある。(^^ゞ

 

これからこの5つの要所を一つずつクリアーして、いつかは全部自分一人で縫えるようになりたいと思う。

それまでいったい何枚縫えば達成できるのかなぁ〜。(笑)

 

和裁が終わりオットに迎えに来てもらって、マックでハンバーガーを買って食事を摂り、慌ただしく日本語クラスのボランティアへ出かけた。

 

今日も一日、お疲れさん!

| 縫い物 | 21:15 | comments(0) | - | pookmark | 昨年の記事